【ハンナと先生 南の国へ行く】11. 帰国

帰国したその夜はくちばしになりかけた口がもう元に戻らないんじゃないかと心配で全く眠れませんでしたが、翌朝くちびるが少し柔らかくなったのでようやく安心することができました。帰国から丁度1週間で、唇は元の状態に完全に戻りました。

パロからの帰国後も、私は先生の病院に通い続けていました。
ある日、先生の病院にある本棚から、世界地図帳を引っ張り出しました。最近学校で地図帳の使い方を習ったからです。
私は早速こないだまで滞在したパロ王国を調べてみようと思いました。
「まず索引さくいんから『パロ王国』を調べてと」
けど索引にはパロ王国の名前はありませんでした。仕方なく『オーブ共和国』を調べ、該当のページを開きました。
「確かオーブ共和国の中にパロ王国が収まる形になっているのよね」
しかしオーブ共和国の国土はちゃんと描かれているのに、その中にもご近所にも、パロ王国の名前は見つかりませんでした。
「どうなっているんだろう……」
そこへメティスが飛んできて、地図を置いた机の端っこにとまりました。
「パロ王国は人間の地図には載っていませんよ」
と、メティスは言いました。私は驚いて顔を上げました。
「そうなの?」
実は私はパロの国自体が夢や幻のようなものなんじゃないかと感じるようになっていました。そうでなければ鳥がそのまま飛行機に乗って旅をしたり、身体の一部が鳥に変化したりなんかするはずがありません。
メティスは私の心の中を察したようにこう言いました。
「パロ王国は確かにありますし、今もそこにあります。だけどあれは鳥の国なんです。本来は鳥だけが入ることを許された国なんです」
メティスは続けて言った。
「鳥だけの国に人間が入るためには、人間が鳥になるしかない。けれどそれを望んでいる人間もいっぱいいるはずですよ」

ピッコロは帰国してからもちょくちょく先生の病院に遊びに来ました。
以前は先生の邪魔をしてはいけないと、滅多めったに先生の診察室には入らなかったのに、このところは病院に来ても、ほとんど私のところには立ち寄らないで先生の部屋に入りびたっています。
ある日、学校が終わってから先生の病院に行くと、丁度ピッコロが先生の部屋から出てくるところでした。
「ピッコロ、こんにちは」
「あ、ハンナ」
ピッコロは私を見ると、パタパタとこちらの方へ飛んできました。
「ハンナ、ちょっと話があるんだけど」
私の肩の上にとまったピッコロが言いました。
「どうしたの?」
「私、またパロに行こうと思う」
私は驚きました。ほんの少し前に行って、帰ってきてばかりだったからです。私はピッコロに質問しました。
「そうなんだ、いつからいつまで?」
「行くのは近いうちにと思ってるけど、帰る日は決めてない」
「え?」
ピッコロは意を決したように言いました。
「私、王子と結婚しようと思う」

帰国した後、ジョン先生の元に大変丁寧なおびの手紙が届いたそうです。差出人はプリンス・パラキート。つまり父王からでした。
その手紙によると、結婚式がキャンセルになったことは、大した問題にならなかったそうです。結婚式はありませんでしたが、父王が機転きてんかせてそのまま鳥祭りにしてしまい、皆に食べ物や飲み物を振る舞ったからです。出席者は上機嫌で家路につき、これが元々結婚式だったことを忘れてしまいました。

ピッコロがいなくなった後、王子はまた寝込んでしまいました。しかししばらくするとむくりと起き上がり、活発に動き始めました。巣作りの材料を集め始め、場所を決めると猛烈もうれつな勢いで巣作りを始めました。作った場所はあのホテルの軒先でした。丁度良い具合に穴が開いた木を選び、巣穴からちょっと顔を出せば、ホテルの客室がのぞけるようになっていました。そこからはテレビの画面も見ることができたので、中の鳥が寂しくないようになっていました。王子はまた、オーブ共和国まで遠征し、端布はぎれを拾っては国に持ち帰りました。その布を巣の床に敷き詰め、巣の中でくつろいでも身体がチクチクしないようにしました。

手紙には小切手も入っていました。先生が言うにはびっくりするほどの金額だったそうです。多分あのホテルのもうけの何年か分をまとめて送ってきたようだと、先生が教えてくれました。

手紙はまた、王子がピッコロに連絡を取ることを許してほしいと書かれていました。
今度は前のように勝手に進めたりはしないと、何度も繰り返し書かれていました。
王子が悪い鳥ではないのは分かっていたので、ピッコロはその願いを受け入れました。
ジョン先生はピッコロのためにタブレットを用意し、インターネット電話ができるようにしてあげました。

ここまで話したピッコロは、じっと私の顔を見上げました。
私は正直寂しいなと思いました。けれどそれを言葉にするのはやめました。
代わりに満面の笑みを作って、
「よかったね。おめでとう」
と言いました。ピッコロも笑い返してきました。

それから何日か経ったある日、病院に行くと先生が庭に出て誰かと話していました。
「ハンナくん、丁度良いところに」
私に気が付くと、先生が声をかけてきました。
「もしピッコロに会ったら、明日の朝うちの家に来なさいと伝えてくれるかな。用件は分かっているはずだから」
「はい、分かりました」
その後先生は用事で外出してしまいました。ピッコロがやってきたので、先ほど先生に言付ことづけられたことを伝えました。
ピッコロはすぐに意味が分かったようです。そして私も、どういうことか分かってしまいました。その後普通に会話をしようとしましたが、目に涙が浮かんできてうまくできませんでした。

翌朝、私はいつもより早く家を出て、先生の病院に向かいました。
そこにはもうピッコロが来ていました。そして、先生の病院を取り囲む電線には、スズメより少し大きく、尾の長い黒い鳥が、びっしりととまっていました。ツバメでした。
「ピッコロ、このツバメたちは丁度南に向かうところで、パロの近くにも立ち寄るそうだ。案内してもらいなさい」
「ジョン先生、何から何までありがとうございました」
そしてピッコロは私の方に向き直りました。
「ハンナ、今までありがとう。私、行くね」
「元気でね」
「ハンナも。寂しくなったらインターネットで電話してもいい?」
「そっか! 話すだけならいつでもできるんだ」
「そうよ。だからね、そんなに遠くないの」
けどやはりパロは遠い国です。
ツバメが電線から離れました。ピッコロは置いていかれないよう、その後を追って飛び立ちました。
私は、ツバメの群れとピッコロが、視界から消えて見えなくなるまで見送り続けました。

〜終わり〜

    コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です