【ハンナと先生 南の国へ行く】1. イントロダクション

For my daughter Hanae (“Hanna”)

私の名前はハンナ。今年で10歳になります。決して大都会ではないけれど田舎でもない、中くらいの大きさの街に住んでいます。
私の街にはこれといって自慢できるようなものはありません。ごくごく普通の街です。私は毎日普通に起きて、朝ご飯を食べて、学校に行き、勉強をして帰ってくる。そんな生活をしていました。
そんな普通の街に少し変わったお医者さんが住んでいます。いえ、「少し」ではなく「かなり」変わった先生と言った方が正しいかもしれません。悪い意味ではありません。良い意味で変わっているのです。

先生の名前はジョンといいます。私たちはいつもジョン先生と呼んでいました。お父さんとジョン先生は大学の同級生だったので、私は小さい頃からジョン先生のことを知っていました。お父さんとジョン先生は名字で呼び合っていましたが、これはかなり親しい友達同士でしかやらないそうです。
先生は街のお医者さんで、どんな病気でも診てくれます。なので近所の人は風邪をひくと必ず先生の病院に行きました。ただ動物が苦手な人は少し離れた別の病院に行きます。先生の病院は色んな動物が好き勝手に歩き回っていたからです。

例えばこんな動物がいました。

イヌのサクラ
サクラは女の子。大きさはマルチーズくらい。実際よくマルチーズと間違えられますが、実はミックス犬です。私はサクラは凄く美人だと思う。特に笑顔が最高に可愛い。本当に心の底から嬉しいと思っているのが分かる笑顔です。けどサクラはいたずらっ子な一面もあって、よく先生のお母さんに怒られていました。

タヌキのモモ
タヌキはこの国では珍しい動物です。先生は外国の友人からゆずってもらい、その国の言葉でモモと名付けました。モモは女の子です。
モモが先生の家に来たのは丁度サクラが来たのと同じくらいの時期でした。そして二匹は、まるで双子の姉妹のように育ちました。モモはおっとりしているけど、愛嬌があって可愛いタヌキです。

アヒルのアレクサンダー
この子は男の子。なぜか「アレックス」と縮めて呼ぶと怒ります。アレクサンダーはいつか空を飛ぶことを夢見ていました。だけどかもに比べると体重が重いのでうまく飛ぶことができません。アレクサンダーはそのことを恥じていて、いつも重りを背負ってウェイトトレーニングをしていました。けど先生のお母さんが美味しいご飯を作ってくれると、ついつい食べ過ぎてしまい、その度に後悔していました。

オウムのメティス
メティスは女の子、失礼、実は大先輩のオウムです。正確な年齢は分かりませんが、先生がメティスと話して確かめたところによると、少なくとも150歳以上でないと分からないことを知っていました。先生によると「もしメティスが知っていることを公表したら、世界中の歴史書を書き換えないといけなくなる」そうです。

ブタのイノセント
イノセントは男の子です。とても陽気でいつも周りの動物たちを笑わせていました。けれどイノセントは、先生の病院に来る前は、仲間たちがハムになっていくのを目の前で見ていました。だからイノセントは命を助けてくれたジョン先生にとても感謝しています。イノセントは仲間たちのことを思い、朝と晩にお祈りを捧げていました。

ネコのメル
メルはまだ子猫です。男の子。モモはメルのことが気になって気になってしょうがないようです。だけどメルの方ではそんなことお構いなしで、自分のペースで遊んでいます。眠くなったときだけメルはモモのところに行って、モモのお腹を枕にしてお昼寝をしました。モモは困った顔をしながらも幸せそうでした。

ほかにも様々な動物がいましたが、とてもここでは書ききれません。先生はそうした動物を全て放し飼いにしていました。

ここまで書いて思いました。これだけだと、単に動物好きな「少し」変わったお医者さんという感じがしますよね? けどなんだかおかしくありませんか? 動物たちから直接教えてもらわないと分からないことまで、先生は知っているようです。
もう先に答えを書いてしまいましょう。先生が飼っている動物の生い立ちや思っていることを事細ことこまかに知っているのは、動物の言葉を話せるからです。「お腹が空いた」とか「散歩に行きたい」といった簡単な気持ちをみ取るだけでなく、ちゃんとした動物語が話せるのです。
そのことを知ったのは1年ほど前のことでした。

その日私はいつもどおり学校に行き、授業を終えて家に帰ってきました。ところが、私が学校から帰ってくる途中、一軒の家の前でジョン先生が何かゴニョゴニョ話しているのが見えたので、どうしたんだろうとそちらの方へ近付きました。
「ジョン先生、こんにちは」
私は先生に挨拶あいさつしました。先生はこちらに振り向いて、
「やあ、ハンナくん、もう学校は終わり?」
と挨拶を返してくれました。
「はい、今帰るところです」
先生は誰と話していたんだろうと、門柱のかげのぞき込んでみました。そこには誰の姿もありません。いたのは一匹のポメラニアンでした。
「そうか丁度良かった。ちょっとここにいて、誰か来たら教えてくれるかな」
そう言うと先生はポメラニアンに対して、ワンワンとかフッフとか言い始めました。ポメラニアンもクウーンクゥーンと言ったりハッハと言ったりして先生に答えました。
そのときは誰も通りがからなかったので、私はただその様子を眺めているだけでした。
しばらくして先生が言いました。
「これは大変だ、ハンナくん、救急車を呼ぶから近くまできたら誘導ゆうどうしてあげてくれ」
そう言うと先生は救急電話をかけ、電話が終わると、ポメラニアンと一緒に家の中に入っていってしまいました。

私は「え!」と思いました。すぐに心臓がドキドキし始めました。まず救急隊の人たちを案内するという仕事を、私一人にたくされたという緊張感がありました。
けどそれ以上に、先生があのポメラニアンと会話をしていたことに興奮こうふんしていました。ええ、先生は確かに動物としゃべっていました。

私は言われたとおり家の前で待っていました。すぐに救急車がやって来ました。家の中に担架たんかが運び込まれ、しばらくするとおじいさんが一人、担架に乗せられて出てきました。その後ろで不安そうにながめるポメラニアンと、それを優しく抱き抱える先生がいました。
おじいさんは家に一人でいるときに急病で倒れてしまったそうです。窓が開いていたので飼い犬のポメラニアンが助けを呼ぼうと外に出たところ、偶然にも先生が通りがかったのです。先生がすぐに救急車を呼ばなければ、おじいさんの命は危ないところでした。

救急車がいなくなってから、私は先生に動物と話していたことをたずねました。
「先生は……あのイヌと話していましたよね?」
先生はしばらく迷っている様子でしたが、やがて心を決めたように私の質問に答えました。
「みんなには内緒だよ。ハンナくんのお父さんにもね」
先生は自分が動物語を話せることや、オウムのメティスから動物語の手ほどきを受けたことを教えてくれました。メティスは覚えたことは決して忘れない希有けうなオウムでした。なので人間の言葉をいくつも知っています。初めは人間の言葉を使って先生と会話をしていたのですが、ひょんなことから動物語の存在を先生に教えたのです。先生は必死になってそれを勉強し、今ではほとんどの動物と会話ができるようになりました。

その日以来私は、学校が終わると先生の病院に通うようになりました。動物が歩き回っていても誰も文句を言わない病院ですから、子どもが一人余分にいたって何の問題もありません。
先生の仕事が忙しくないときは先生本人から、それ以外の日はメティスから動物語を教わりました。初めにサクラ、モモと話ができるようになりました。アレクサンダー、イノセント、メルの言葉も分かるようになりました。
メティスは私の飲み込みが早いことをとても喜んでくれました。そしてまんして、私に鳥語を教え始めました。

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