【ハンナと先生 南の国へ行く】9. ホテルの診察室

王子が元気になったと聞いて、王様はとても喜びました。
早速先生を自分の住まいに招かれ、何度も何度もお礼の言葉を述べられました。そしてしばらくこの国にとどまって休暇を楽しんでほしいとおっしゃいました。
先生は喜んでその申し出を受けました。
そうしたわけで、私たちは一時いっときこの国に滞在することになりました。しかし休暇を楽しむというわけにはいきませんでした。その日から大量の患者さんが先生の元を訪れるようになったからです。

王子の診察をした翌朝には、先生が見事に治療したという話はパロ中に広まっていました。それでもまさかホテルの部屋に患者さんが押しかけてくるとは思いませんでした。朝ご飯を終えて部屋に戻り、外の景色を見ようとカーテンを開くと、バルコニーにはもうたくさんの鳥が集まって、先生の戻りを待っていました。
「先生、うちの子の具合が悪くて」
と、子どもの鳥を連れてくる親鳥もいました。
「昨日ミミズを食べてからお腹の具合がおかしいんです」
と訴える鳥もいました。
先生は小さなくちばしを上も下も同時に開くことができる特製のピンセットを使って、鳥たちを診察しました。覚えてますか? 空港の荷物検査で不審がられたあの医療器具は、鳥たちの治療のために先生が特別に作ったものだったのです。
患者さんの中には結構な割合で羽が折れている鳥がいました。
先生が渋い顔で、
「残念だがこれはもう手遅れだよ」
と言うのを何度も聞きました。
それでも先生は治りそうな鳥にはぎ木をしてやり、そうでない鳥にはできるだけ痛み無く過ごせるように治療を行いました。

巨大な嘴を持つオオハシがやってきたときの、先生の治療は圧巻あっかんでした。
「どうしたんですか?」
先生が尋ねると、オオハシが答えました。
「先生、これをみてください。この私の自慢の嘴が、こんなになってしまったんです」
このオオハシは銀色に光る見事な嘴を持っていました。しかしひどいことに上の嘴も下の嘴も先の方が大きく削り取られ、断面だんめんがギザギザになっていました。
「一体どうしてこんなことに?」
「先日のスコールの際、近くの木に雷が落ちました。木は焼け焦げてバリバリバリと折れてしまいました。運の悪いことにこの嘴が、折れた木の下敷きになってしまったのです」
先生はしばらくウーンと考えていましたが、やがて私に話しかけました。
「ハンナくん、すまないがキッチンに行って、アルミの空き缶を二つもらってきてくれないか?」
私は急いでキッチンに行きました。コックさんたちに先生の依頼を伝えると、すぐに空き缶を用意してくれました。
部屋に戻って先生に空き缶を渡すと、先生はハサミやらペンチやらを使って、その空き缶に細工さいくをし始めました。
「できた!」
先生の手には、アルミの銀色を生かした金属製の嘴がありました。
先生は接着剤を使って、作ったばかりの嘴を、オオハシの元の嘴の先にくっつけました。丁度ギザギザになったところが隠れて、その先は特徴的なカーブを描いた元の嘴の姿を取り戻しました。
「ハンナくん、この布を使って、新しい嘴を磨いてやってくれるかな?」
私は言われたとおりにしました。多少つなぎ目のところが気になりますが、オオハシの嘴は元のように美しく輝きました。
「アルミならそれほど重くないから困りはしないだろう。ただへこまないように気を付けなさい」
オオハシは何度も何度も頭を下げて、先生に感謝の言葉を伝えながら帰っていきました。
オオハシトゥーカン二個の缶トゥー・カンで治した話はまたたく間に話題になりました。
「ジョン先生は医者としての腕が良いだけでなく、ユーモアのセンスもある」と、ますます多くの患者さんがやって来るようになりました。

私は必死で先生のお手伝いをしました。最初は先生が指定する医療器具を手渡すだけで精一杯でしたが、すぐに治療と治療の間の時間を利用して、使用済みの器具を消毒するくらいの余裕は出てきました。先生は私の飲み込みが早いのを嬉しそうに眺めていました。
もっと忙しくなると、私自身が患者さんから直接症状を聞くようになりました。そして治療方法にある程度目星を付けてから、先生に引き継ぎました。
先生をひと目見たいがために、病気や怪我でもないのに私たちの部屋を訪れる不届き者もいました。そんな鳥は特別のレーンを作ってそこに並ばせました。そのレーンは治療の邪魔にならない程度の距離まで先生に近付くことができ、そしてそのまま部屋の外に出るようなルートになっていました。
メティスはこのアイディアを大変気に入りました。そして自らレーン係を買って出、レーンからはみ出て先生に近付こうとする者を容赦ようしゃなく嘴でつつきました。
「ホ、ホ、これはいい。先生は少し働き過ぎですから」
特別レーンに並ばされた鳥たちは少し不満げでしたが、先生のすぐそばまで行くことができたので、家族には「先生に会ったぞ!」と自慢していたと思います。

一週間が過ぎた頃、ようやく患者さんの数が減り始めました。
「いやー、この一週間馬車馬ばしゃうまのように働いたよ。ハンナくんがいなかったらどうなっていたことか」
「いえ、私はちょっとしたお手伝いしかできませんでした」
けど先生にそう言ってもらい、私は心の中では嬉しくてたまりませんでした。
診察中はずっと緊張していたので顔がこわばっていましたが、私は久々に表情を崩して笑いました。

ピッコロは毎日王子の元に通っていました。朝になると王子の元から使者が現れ、その使者とともに王子の住まいへと向かいます。帰ってくるのはいつも夕方頃です。聞くと王子は、パロ王国の様々な場所に連れていってくれるそうです。
「ハンナ、今日は滝を見にいったよ」
寝る前にピッコロが今日行ったところを教えてくれました。
「明日はさらにその先まで行って、夕陽がパロ王国で最も美しく見える丘に連れていってくれる。だから明日は少し遅くなるかも」
「いいなー、ピッコロは。先生と私は働きどおしで全く観光なんてしてないよ」
「ごめんね、ハンナ」
私はピッコロのことを悪く言うつもりはなかったので、あわてました。
「いいよいいよ、それにここはもしかするとピッコロのご先祖さまの生まれ故郷かもしれないものね」
と、私はなんとか取りつくろうために、昔ピッコロから聞いた話を持ち出しました。
「そうなんじゃないかという気もするけど、分からないな。お父さんやお母さんは鳥だけの国の話をしてくれたけど、本当に私たちのご先祖がその国からやって来たのか、今となっては分からないからね」

私はピッコロにお休みを言って、枕元の電灯を消しました。明日、患者さんが少なければ、先生と一緒にどこかまわってみようと考えながら目を閉じました。

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