【ハンナと先生 南の国へ行く】8. 恋わずらい

翌朝、私たちは王子の住まいに招かれました。
私も助手ということにしてもらい、王子を刺激しないようピッコロは私の服のポケットに入れていきました。
私たちは前日と同じように王宮の森に入りました。今日は空を飛ばない小型の鳥が私たちを案内してくれました。昨日のペリカーノ卿の案内と違いすばしっこく歩き回り、私たちがギリギリ通れるような狭い道もそのまま駆け抜けていってしまうので、これはこれで大変でした。

ただ昨日ほどは歩くことなく目的の場所に着きました。王子の住まいと言っても私たちには周囲の森と区別ができません。これも人間と鳥の感じ方が違うからで、鳥たちにとっては王子の住まいにふさわしい、居心地いごこちの良い場所なのに違いありません。そこには一本の低木がうわっていて、この森の中でもそこだけは陽の光が降り注いでいました。

王子は木の枝の付け根に開いた穴を住まいにしていました。先生の頭の上辺りの高さです。木のそばには小さな梯子はしごが置かれていました。これは先生の来訪を見越して置かれていたものだと思います。先生はそれを木に立て掛けて、王子がいる巣の中が見えるところまでステップを上がりました。
「初めまして、私はジョンと言います。父君ちちぎみの依頼により、王子の診断をさせていただきます」
先生は丁寧ていねいな言葉で王子に話しかけました。
「ああ先生、初めまして。昨夜は晩餐会に出席できず申し訳ありませんでした」
王子は巣の中から動くことなく先生に返答しました。
先生はポケットから診断用の器具を取り出し、王子の身体を調べ始めました。

しばらくして先生が梯子から降りてきました。
「先生、王子様の具合はどうでしたか?」
「それがおかしいんだ。どこも悪いところがない」
そう言うと先生は持ってきたカバンの中からタブレットを取り出し、何か調べ物を始めました。王子の病気を知る手がかりを探していたのだと思います。
「先生、私も王子様と話してもいいですか?」
「ああ、構わないよ。どこも悪いところがないんだから、誰が話しかけても問題ないさ」
王子と話すために、私は先生よりも2段高いステップまで上がらないといけませんでした。
「こんにちは、王子様」
王子はびっくりしたようにこちらを振り返りました。
「君も僕たちの言葉が話せるの!?」
「そりゃあ先生の助手ですもの」
自分から助手と言ったのは初めてだったので少し興奮しました。
けれど先生と違ってどうやって診察したら良いか分かりません。それで仕方なく普通の会話をするしかありませんでした。

「王子様は名前は何と言うんですか?」
「僕の名前? 名前は『ぺ』と言います」
「え?」
「いえ、『エ』ではなく『ペ』です。パロの古い言葉で『平和』という意味なんだそうです。みんなはプリンス・オ・パラキートと呼びますけど」
私は名前が一文字だったことに驚きました。けどこれは鳥たちの名付けとしては普通のことなのかもしれません。
「良い名前ですね、ぺ王子。そしてパロも良いところですね」
「そうかな、僕はときどき退屈になることもあるよ」
私が子どもだと気付いたのか、王子の話し方は打ち解けたものになってきました。
「実はね、最近僕はオーブタウンまで行ったんだ」
「そうなの! 私もオーブタウン空港から来ましたよ」
「いいなぁ、僕もいつか外国に行ってみたい」
王子はうらやましそうに私を見つめました。

「オーブタウンで人間のうちのぞいてみたら、丁度テレビで外国のニュースをやっていてね。そこには寒い国で暮らすインコが映っていたんだ」
王子は話を続けました。
「電線の上に群れでとまっていて、身体を寄せ合って少しでも温かくなるようにしていた。その中の一羽のインコは歌を歌っていた」
「そうなんだ」
「うん、人間たちには歌とは分からないと思うけど。その歌声がとても美しくて」
「うんうん」
「そして……」
「そして?」
「そして、その、とても可愛いなと思って」
私は「おや?」と思いました。
「なんだかそれ以来ずっと胸が苦しいんだ……」
これはひょっとして、王子が寝込んでいたというのは恋の病ではないでしょうか?
私は慎重に言葉を選びながら王子に話しかけました。
「つまり王子様は、恋に落ちられたのではないですか?」
王子はそれを聞いて、顔をスッと持ち上げました。
「オー、これが恋というものなのか!」
王子は小さく叫びました。

「ねえハンナ、私も王子様と話していい?」
私はポケットの中で窮屈きゅうくつにしていたピッコロのことを忘れていました。
「ごめんごめん、うん、まあいいと思うよ」
ピッコロは私が言うやいなや、ポケットから飛び出して近くの枝にとまりました。
ピッコロはそこで歌い始めました。

冬はとても寒いけど
私はポカポカ暖かい

恋をしていると
私はポカポカ暖かい

寒い冬は 恋をして乗り切ろう
ポカポカ暖かい春が来るまで

春になったらどうなるの?
それは私にも分からない

歌い終わるとピッコロは王子の近くまでいきました。
「こんにちは、王子様。寒い国から来ました。けど寒いのは冬だけよ。夏はひょっとするとパロより暑いかも」
ところが王子はピッコロに挨拶を返すことができませんでした。
「君は……まさか……」
王子は目を丸くしてピッコロを見つめました。ピッコロは首を傾けています。私はピンときました。おそらく王子が見た外国のニュースに映っていた鳥は、ピッコロとその仲間。そして王子が恋に落ちたインコというのが、まさに今、王子の目の前にいるピッコロだったのです。

王子は遂に巣から飛び出しました。そして、ピッコロの隣で嬉しそうに歌を歌い出しました。ピッコロもそれに合わせて歌を歌いました。
先生が呆気あっけに取られた様子で、私たちを見上げていました。

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